Annual_Report2021
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坪内博士記念演劇博物館館長  岡 室 美 奈 子(文学学術院教授)072021年度も、昨年同様、世界は新型コロナウイルス(COVID-19)パンデミックという厚い霧に覆われた一年でした。そんな中でも、演劇博物館(エンパク)は、前年度のように休館を余儀なくされることなく、感染予防策を徹底しながら予定通り開館して企画展や特別展を開催することができました。春季企画展「Lost in Pandemic――失われた演劇と新たな表現の地平」は、オンライン展示「失われた公演 コロナ禍と演劇の記録/記憶」のリアル版として企画されましたが、それにとどまらず、コロナ禍の渦中で試みられた新しい試みの数々に光を当てるとともに、過去の演劇において疫病や感染症を演劇がどう描いてきたかを紹介しました。テレビ、新聞、雑誌、ネットメディアなど多数の媒体に加えてニコニコ美術館でもご紹介いただき、オンライン展示同様、大反響をいただきました。図録には展示資料のほか、舞台芸術に携わる多くの方がたの貴重な証言や論考、舞台芸術とコロナ禍をめぐる詳細な年表を収録し、未来に伝えるべき生きたドキュメントとなったと自負しています。博物館は過去の記録であるいわば「死んだ資料」を展示する場所だと思われがちですが、この展示を通じて、現在進行しつつあることを正確に記録し未来に伝えていくこともまた博物館の重要な使命であることを実感しました。春季特別展「別役実のつくりかた――幻の処女戯曲からそよそよ族へ」は、劇作家として1960年代から日本の演劇界を牽引し、2020年に惜しまれつつ逝去された別役実さんの新資料を中心に展示しました。別役家から寄贈された膨大な資料の中でも、特筆すべきは、小中高時代の作文や、幻の処女戯曲と言われてきた「ホクロ・ソーセーヂ」の自筆原稿と、初期の傑作『象』の元になった散文「アカイツキ」を初披露したことです。これらの資料により、小学校時代から類まれな文才と想像力の片鱗を見せていた別役が大学時代にどのように演劇と出会い、どのように劇作家になっていったかという軌跡を、かなり正確に辿ることができたのではないかと思います。これら貴重な資料の数々は、図録にも掲載しました。秋季には、企画展「新派SHIMPA――アヴァンギャルド演劇の水脈」と特別展「家族の肖像――石井ふく子のホームドラマ」を開催しました。前者は、エンパクが収蔵する膨大な新派関連資料を中心に展示し、一世紀以上の歴史をもつ新派に内在するアヴァンギャルド的なるご挨拶ものを炙り出そうとする試みでした。幾多の名優、名作を生み出し百三十年をこえて命脈を保ちつづけてきた新派の歴史は、実は最新の科学技術を用い風俗や世相を貪欲に取り入れた、新奇かつ衒奇的な舞台に彩られてきたことを、改めてお示しできたと思います。これまで新派をご存じなかったお客様にも、エンパクが誇る圧倒的な量の資料を通じて、新派の豊饒な歴史と現在を感じていただけたのではないでしょうか。後者は、新派ともご縁が深く、95歳の現在に至るまで現役でご活躍のテレビプロデューサー・石井ふく子さんの長年にわたるお仕事をとおして、日本のホームドラマが家族をどのように描いてきたかを振り返り、家族とは何かを改めて考える展示となりました。『カミさんと私』、『女と味噌汁』、『肝っ玉かあさん』、『ありがとう』といった往年の大ヒットドラマから、スペシャル版を含めれば約30年にわたって続いた『渡る世間は鬼ばかり』や最新作の『あしたの家族』に至るホームドラマの歴史を堪能していただけたことと思います。株式会社TBSテレビ様にご後援いただき、「TBSレビュー」など多数のメディアで取り上げていただきました。また、2020年度にインターネット上に開設したJapan Digital Theatre Archives(JDTA)も順調に浸透し、多くの皆様に親しんでいただくことができました。JDTAに情報を掲載した舞台公演映像のエンパクAVブースでの視聴も始まり、多くの皆様にご利用いただいています。エンパクのデジタル技術を使った取組については、共同通信からのご依頼で「デジタル時代の舞台芸術」という題で5回連載させていただき、JDTAやデジタル・アーカイブ・コレクションなどエンパクのさまざまな先進的な取組を地方の方々にも知っていただけるよい機会となりました。春季・秋季ともに、展示関連の配信事業やイベントも豪華ゲストをお迎えすることができ、たいへん充実したものとなりました。また、文部科学省から共同利用・共同研究拠点として認定されている演劇映像学連携研究拠点も、デジタル資料の蓄積を活かして研究活動を行って目覚ましい成果を上げ、その他の活動も、コロナ禍の影響を受けつつも無事やり遂げることができました。ご来場・ご参加くださいました皆様、ゲストの皆様、ご協力くださいました皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。2021年度の演劇博物館(エンパク)の活動坪内博士記念演劇博物館

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